最近のデジカメで大仏を撮ろうとすると、目つぶりセンサーが働いて、なかなかシャッターおりないらしい
最近のデジカメで大仏を撮ろうとすると、目つぶりセンサーが働いて、なかなかシャッターおりないらしい
時は2012年、人々はアプリケーションのキャッシュを定期的に手動で消すことで速度の低下を回避していた。
(konishirokuから)
爪といえば、赤ん坊を産んだとき その手に爪が生えているのに感心してちょっとうろたえた。
うろたえる気持ちになったのは、その爪が、誰かが切ったものではないということだ。
(suzukichiyoから)
shinodddddがmoja-mojaからリブログ:
(出典: magicalnaturetour、suzukichiyoから)
She can disassemble my action any dayI’d let her inspect my buffer tube if you know what I mean
Girls with guns ^.^
(suzukichiyoから)
<イタリア、ナポリ>ナポリのことを悪く言う人がネットにチラホラいたけど、私は電車から降りた瞬間この街が好きになった。まずナポリ中央駅の外に降り立った瞬間から、ワクワク感が胸に込みあがってきた。主要駅の周辺なんてたいていバスのロータリーとかしかないしどこも似たような雰囲気だけど、ナポリの場合は駅前の時点からすでに街の活気が漂ってた気がする。宿があった中心街のモンテサント駅でメトロを降りた時には、そのワクワク感がもっともっと膨れ上がった。
街を一言で例えるなら、写真で言うところの「縦撮り」の街かなと思う。文字通り、路地ばっかりが集結した街は縦撮りじゃないとうまく撮れないっていうのもあるけど、ここで言いたいのは「奥深い」っていうこと。奥が深いと思うこの街。本当に。
カオスっていうと私は東京もカオスだと思ってたけど、東京のそれとは別のカオスがそこにはあって、この街を歩いていうと別に東京なんてカオスでもなんでもないんじゃないかと思ってきた(そもそも東京をカオスだと思うのは地方出身者ならではの発想なのかな?)。とにかく、東京の混沌と何が違うって、この街の混沌には生活感が満ち溢れているということ。東京みたいに冷たさとか孤独感ってものがない。あちこちでワイワイガヤガヤ好き放題みんなが生活を営んでる。原付は見境なくクラクション鳴らしまくってうるさいし、迷子の救急車がサイレン鳴らしながら同じ界隈をぐるぐるまわってたりする(運転手が通行人に道聞いてたの見た)。子供は街のど真ん中で平気でボール蹴飛ばしてサッカーしてるし(飛んできたボール返してあげるとちゃんとお礼言うけどね)、モヒカンにピタT(この呼び方懐かしい)ばっかのティーンエージャーはどこにいてもぎゃーぎゃーうるさい。お店に入れば店員さんと常連客が冗談交し合ってる。食べ物から生活用品までいろんなものが四方八方で売りさばかれてる商店街なんて見ているだけで楽しい。
そして秩序の欠如。秩序の不在こそがこの街の秩序だって言うと言い過ぎかしら?地下鉄の路線なんて路線図みてもさっぱりわけわからないし(あくまで相対評価。ロシアとかこれまで訪れた他の国の地下鉄路線図はだいたいとてもわかりやすかったので)、電車もバスもチケットなんてチェックしてないことの方が多いから真面目に買うと損した気分になる。半分くらいの人は無賃乗車してるんじゃないのかな(私も試しに二回ほどやってみたけど問題なかった※スミマセン)。街を歩くと野糞だらけだしゴミはたしかに多い。ゴミ収集車が夜中にでっかい音たててゴミ収集してる。落書きのない建物なんてひとつもなくて、ラルフ・ローレンのショーウィンドウには銃弾の跡がある。
とにかくみんながみんな好き放題やってる。そしてそれがこの街の活気をつくってる。歩いてるだけで元気もらえる。楽しい。たしかにみんなが「スリに気をつけて。カメラは見境なく取り出さないように」って決まり文句のように言うから神経はたしかに疲れるけど。でもピッツェリアでダイエットコーラと一緒にもちもちのピザを食べて、露店に売ってる安くて美味しい揚げ物をつまみながら歩けばまた元気が出る。カロリー高いものばっかりだからちゃんとからだに肉もつく。栄養についてはどうかわかんないけど。
とにかくこの街、おもしろい。汚さとか、みんながいう治安の悪さとか、どうでもいい。とても憎めない。あぁ私、ナポリが好き!
(suzukichiyoから)
寝てる時より起きてる時の方が眠いね。
「戦争になるよりはいい」とか言ったらおしまい。何でも言われた通りにしますと言ってるのと同じ。
2010-09-27
(via gkojaz)(konishirokuから)
責任を取らないから、いい加減な政治しか出来ない。
戦前の政治は、常に暗殺の危険があったから、政治家達は、命がけの政治をしていた。
高橋も犬飼もそうだ。
しかし、今の政治家なぞは、責任など全くないに等しい。
(konishirokuから)